キリスト教の不思議 キリストはクリスマスに生まれていない

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キリスト教の信者は世界で一番多く、20億人を超えると言われています。キリスト教と言えば、イエス・キリストを神とする宗教で、十字架を崇め、聖書を読み、教会にお祈りに行くというイメージがありますね。そしてクリスマスとして世界中でお祝いされる12月25日がイエス・キリストの誕生日!しかし、本当はキリストの誕生日は謎のままです。

今日は、私たち日本人があまり知らない、キリスト教の不思議をご紹介します。

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キリストの誕生日は解っていない

世界中の大イベントであるクリスマス。何故か私たち日本人もクリスマスを楽しみにしていますね。

西暦1年の12月25日に、処女マリアがキリストを馬宿で産んだ日。それがクリスマスとされています。

実は、キリストの誕生した年月日は聖書の中にも記載がなく現在でも不明!そもそも西暦が出来上がったのは、530年ごろに神学者のディオニシウス・エクシグスが新約聖書の文章からイエスの生まれた日を計算して作り上げたもの。しかし、この計算が間違っていたことが現在の一般的な見解で、キリストが生まれた年がいつなのかもわかっていないのです。

クリスマスは冬至の祝いの日だった

12月25日は太陽崇拝の象徴であるゾロアスター教ミスラという大天使の誕生日でした。また、冬至にあたり、太陽の日照時間が長くなる最初の日として大切な日とされていました。

ヨーロッパからアジア、中東までを長く統治したローマ帝国が大きな権力を持っていたころにはキリスト教をはじめ、多くの宗教が乱立しており、どの宗教も寛容に認める政策をとらなくては、紛争の火種になります。そのため、どんどん勢力を伸ばすキリスト教の重要な日をほかの宗教の重要な日とうまく重ね合わせていく必要があったのかもしれませんね。

カトリックとプロテスタントの違い

キリスト教には無数の宗派がありますが、私たちにも聞き覚えがあるのがカトリックとプロテスタント。カトリックプロテスタントの何が違うのか?を簡単に言うと、「権威の順番が違う」と、言えます。

カトリックは信仰の権威は

神→教会→聖書→信者

プロテスタントの信仰の権威は

神→聖書→教会(信者の集まり

と、言う考え方になります。

聖書とは何か?

キリスト教はキリストを神とする宗教ですが、キリストは生涯ユダヤ教徒でした。ユダヤ教徒であるキリストがユダヤ教を改革しようとしたというほうが正確な考え方ではないかと言われていますが、これも諸説あります。

キリスト教があるのは「新約聖書」があるからです。キリストが生まれる前から聖書は存在し、ユダヤ教でも聖書とされる旧約聖書」があります。

キリストの没後、弟子たちがキリストの言葉や行いを言い伝えるために様々な伝承を作ります。それをまとめたのがパウロなどのキリスト教の使徒が作り上げた新約聖書です。

カトリック

カトリック教会キリストの一番弟子ともいえるペトロを初代ローマ教皇とみなす宗派です。ペトロはキリストの最初の弟子で、新約聖書にも頻繁に名前がでてくる存在。そしてキリストから天国へのカギを受け取ったと言われる聖者です。

今のローマ教皇は第266代。フランシスコさんです。

カトリックが聖書より教会の権力が高いと考えるのは、古い歴史の中で政治的な問題にもかかわりますが、物理的な問題も考えられます。

昔は、聖書は手書きで複写されている貴重な物でした。そして、伝統的なラテン語で書かれていたのです。信者は教会に行き、司祭が読む聖書を聴きますが、ラテン語なのであまり意味がわからなかっただろうと考えられています。そうすると、司祭が話す説法の方が信者にとって重要な話になるわけです。

そのため、カトリックでは聖書よりも教会の権威が高くなるのです。

プロテスタント

プロテスタント宗教改革によって生まれたキリスト教の思想です。ルターなど、有名な学者が含まれています。

宗教改革とはカトリック教会への抗議です。14世紀から始まったルネッサンスの芸術や学術革新運動の一つでした。この頃、すでに印刷の技術が発明されていたので、聖書を大量に印刷することができました。聖書は英訳され、印刷され一般の信者の手元にも届くようになったのです。

カトリックの教えの中では、信仰は赦しを得るためにはローマ教会への巡礼や祭司への告白など儀式が多かったのです。

しかし、プロテスタントでは、信者一人ひとりが手に聖書を持ち信仰とは神の恵みによる救いがあるものである。という考え方が大切だ!という主張です。

まとめ

キリスト教のカトリックとプロテスタントは、なんとなく、日本の大乗仏教と上座部仏教(小乗仏教)の違いと似ているかもしれません。どのような宗教も、信仰の形が長い歴史のなかで変化を遂げていくのですね。

キリストの誕生日が12月25日とされたのは、ローマ帝国の治世を安泰にするための工夫です。2000年近く経過しても、その伝統が変わらず盛り上がるクリスマス。ローマ帝国はやはりとても優れた政治力があったのですね。