価値観が違うことで悩む時。スルーか?議論か?協調か?

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筆者の基本的なスタンスとして、様々な価値観を知り、想像し、理解する!非常に聞こえの良い理念があります。この理念、とても素晴らしいようで、デメリットもあります。めちゃくちゃ疲れます!!はっきり言って、自分を摩耗するといっても過言ではありません(笑)

昨日もご紹介したように、人は自分の価値観こそ正しいと考えているのですから、自分から見て正しくないものの正当性、有用性、存在意義なんかを真剣に真面目に考えたりするので・・・、時間の無駄、労力の無駄かもしれませんね。

そんな自戒を含めて、大人が価値観の違いに直面したときにどう考えるのが良いのか?を調べてみました。

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自分の価値観を理解しているか?

実は、ここが基本です。自分の明確な価値観を解っていなければ、自分を大切にすることもできないし、他人の価値観も大切にできません。

また、自分に価値観があるように、他者にも価値観があるということにすら気づくことができていない人が案外多いのです。

さて、みなさんは自分の中の価値観を言葉にできますか?その価値観に順位を付けられますか?

ビジネスで成功するには必須

実は、この考え方は、ビジネス関連の書籍やサイトに良く出てくるフレーズです。これは筆者の私見ですが、ビジネス書って恋愛攻略本と大きな筋書きは似ています(笑)

会社に所属していたとしても、社員にだって価値観があります。その価値観をへし折ってまで、所属すべき場所なのか?というのは、案外、考えていない人が多いものです。

夫婦恋人同士も同じことが言えます。個人の価値観をへし折られながら、関係性を継続する必要があるのか?という問題になるのです。

例えば一人のとても忙しいエリートビジネスマンの価値観

  • 仕事で成功して実績を上げたい
  • 家族を幸せにしたい
  • 自分らしく、自分の才能を発揮したい

ごく普通に、けれどもっとも多いであろう価値観です。エリートというのは、こういった順序だてが明確です。才能もあるのですから、どれを諦める必要もない!

ただ、多忙過ぎて、家族と過ごす時間が無い・・・と、悩んだ時に、仕事を変える決断をします。しかし、ここに家族の理解というハードルが生まれます。

奥さんからみると、転職や起業という選択肢を選ぶ夫に驚きでしょうし、不安を感じるはずです。ここで、夫婦で話し合う時に、夫も妻もそれぞれの価値観をしっかり踏まえた上で、互いの価値観が同じ方向に向くように建設的な話し合いができるなら、もっとも良いが生まれるはずです。

人生には複数の解があります。自分に、自分にとって大切な者と共に生きるためにより良い解を導き出すためにも、明確な価値観を持ち合わせていることが必要なのです。

価値観の違いは誰にでも感じるのが当たり前

価値観が比較的近い人というのはいるでしょうが、完全に合致する人など絶対に存在しません

筆者の経験で言えば、「完全に価値観違う!」と最初から分かっている人の方が、楽に付き合えます。何故なら、価値観が合致するところが見つかった時の喜びを共有できるからです。

逆に、価値観が似ているかも?と、思っている人と、価値観のずれが生じた時の方が失望が大きく、対処に悩んだりします。

価値観の違いを議論すべきか?

価値観の違いに気づいたときに、時には議論する必要もあるでしょう。ただ、その議論は、自分の正当性を主張する議論ではなく互いの価値観を確認するための作業であるべきです。特に、夫婦、家庭、親子という切れない絆の関係性では、価値観の違いを建設的に話す必要があるでしょう。

その時、価値観は押し付けるものではない!理解しあうものであるということを忘れてはなりません。

価値観が違うことをスルーし、認める

例えば会社の上司や先輩全く違う価値観をもっていて、自分と合わない!と悩むことは多いと思います。逆もあります。新人の価値観がわからない・・・と、言う悩みも良く見受けられます。

はっきり言って、50代の人と新卒の新入社員の価値観が一致していたら怖いです。社会が何も変化していないことになります。

こんな場面で最も適切な心も持ちようは、

  • 相手に無理に合わせなくて良い
  • 自分の意見を無理に押し通す必要もない

自分と別の人だもんねぇー」と思うことです。適度なスルー力ですね。

他者の価値観というのは、その時生まれたものではなく、長い人間史の上に出来上がっています変わるものでもないし、変える必要もないものです。

相性が悪いと思うのではなく、価値観の違う人と、価値観が合致した時の意外性を楽しむくらいになれると自分がとても楽になります。

その後、協調が生まれてくる、適度に良い人間関係になっていくでしょう。

まとめ

日本は、単一民族の文化であるため、周りとの協調とか、価値観の共有「できているという前提」になっている傾向が強いかもしれませんね。

そんな日本でも、特殊能力者が現れない限り、他者の価値観を感じ取ることなどできません。むしろ、価値観を共有しているんだ!と、いう勘違いのほうが、人間関係を悪化させる可能性が高いのでは無いだろうか?と、感じます。

さて、筆者の理念である「様々な価値観を知り、想像し、理解する!」は、とても良いことではありますが・・・適度で良いのです。特殊能力が身に付いたときに頑張ってみようと思います。

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