愛ってなんだろ?生物の本能?

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愛の定義はとても広いです。日本人が考える愛、他国の人が考える愛、男性が考える愛、女性が考える愛、おじいちゃんが考える愛、小学生が考える愛、もちろん宗教上でも「愛」の捉え方は様々。

今回は、その中でも「男女の愛」という概念がなぜ私たちの中に存在しているのか調べてみました。

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男女の愛とは生殖本能がもたらすものなのか?

一般的に「」と言う言葉から最初に思い浮かべるものは、「愛する人」「愛し合う男女」では無いでしょうか?

そこからごく当たり前に「性愛」「エロス」と結びつくものを感じると思います。人と人が「互いに愛し合っている」と確認することができた場合、自然に肉体関係への結び付くもの。そして、やがて子供が産まれる。というのが、人が人を本能的に愛するセオリー

と、考えがちですが、実は「愛」とは子孫繁栄のための本能的な感覚では無いのです。

恋愛の中に存在する同性愛などのLGBT

マイノリティな存在とされるLGBT同性愛者、両性愛者、心と身体の性が一致しないトランスジェンダー)の存在は、この一般論でいう「子孫繁栄のために動物的本能から愛がある」というセオリーに矛盾した存在です。

そのため、LGBTにとって生きにくい歴史がありました。確かに多数派ではありませんが、LGBTの人たちはとてもたくさんいます!筆者の知人の中でもカミングアウトしてくれている人は二桁。今や、テレビでもLGBTの存在は当たり前

実は、同性愛者とは、昔からたくさん居ましたが、歴史上、宗教的な背景や政治的背景により弾圧される存在でした。そのために、自分の性志向を隠さなければならない風習が長く続いてきたのです。

同性愛、性別の曖昧さは人間だけじゃない

そして、同性愛は人間だけの感覚ではなく哺乳類の中でも同性愛的なつがいの存在は何例も確認されています。また、さらに生物学的に広くみれば、「性別」自体があやふやな生命はたくさんあるし、性別を変えることができる生き物もたくさんいます。

つまり、人間も動物ですから、人間の中にLGBTが存在することが自然なことなのです。

子供を産むことは愛では無かった時代や事例

人間界において、子供を多く生み育てるとういうことは、古い時代においては「労働力の確保」が目的であったという史実があります。

教育や経済がしっかりと出来上がっていなかったころ、小さな子供も貴重な労働力であったことは、想像すると悲しくなりますが、生きるために当然のことだったでしょう。

また、現代に生きる私たちには、全くイメージできませんが、確かに、歴史的な背景で、政治権力争いのために我が子を殺す話は聞いたことがあると思います。

そもそも、恋愛結婚などというものも、近代になってからのもの。愛し合っているからつがいとなり子供を産むというシステムは新しいものと考えるのが自然です。

母性愛父性愛というのは、本能的なものであると思ってしまうのは、私たちが本能から感じているというより、私たちの脳が考えだしている感覚に近いと考えたほうが自然かもしれません。

ゴリラの驚くべき生態

人間とかなり近い生物であるゴリラは、ボスであるオスの周りにメスがたくさんいるハーレムです。しかし、ボスゴリラが他のゴリラに負けて、ボスの座を奪われたとき、そのハーレムにいる子供たち新しいボスゴリラに殺されてしまうこともあるそうです。

自分の子供を殺された母ゴリラは、なんと、その行為を知りつつ、新しいボスゴリラに惹かれ、子供を宿します

ハーレムの中でオスのゴリラとして生まれ、大人になると、他のメスゴリラとの性行為をボスは許しません。そのため、大人になった弱いオスゴリラはハーレムから離れていき、オスゴリラ同士の同性愛もかなり多いのです。

動物の多くに、このような形態を持つものが多く、「己の遺伝子だけを残す」という本能が他のオスの遺伝子を持つ子供を殺すという行動につながるそうです。

出産と子育てと子離れを経験して

筆者は子供が産まれた時に、今まで感じたことのない湧き上がる意欲を味わったことが忘れられません。

結婚する前も、結婚した夫も、好きになり、何か喜ばせたい、守りたいというような気持ちになったことはありますが、その感覚と比較にならないほど、小さな命を守らなくてはならない!という、使命感のようなものを感じました。

しかし、その使命感のような感情子供が大きくなるにつれて薄れていきます。筆者の経験から考えると、幼い我が子を守ろうとするのは自分の中に生物として備わっている、「産んだものを守る」という本能のような感覚が近いように思います。

大きくなった我が子にもちろん愛情を感じますが、「守らなければ!」と言う、まるで野生のような感覚が湧き上がることは無くなりました。

愛情と性欲は比例しない

もし、男女の愛と言うものが「動物的本能」であるならば、人にも発情期があり、性欲と大きく関連すると思います。

しかし、人間には明確な発情期はありません。逆に、いつでも発情期みたいに性欲のある人もいれば、全く性欲の無い人もいます。

現在の多くの国、そして日本の制度上、夫婦は一対と思い込んでいるだけ。ゴリラの例でも分かるように生殖本能は1人にだけ感じるものではなく、一定の好みがありつつも複数を対象に感じるものなのです。

生殖本能を満足させたいという気持ちと、愛情あるゆえにコミュニケーションを深く長く持っていたいという感覚は、違うそうです。セックス自体はコミュニケーションの一つという感覚で捉える方が真理に近いようです。

人間と遠い種の生物では生涯一夫一婦制を守る種も存在

人間以上に貞節の堅い動物は存在します!しかし、哺乳類の中でも、かなり人間、猿とは遠い種類のものです。

ディクディク(写真の動物)は哺乳類では珍しい一夫一妻制を守り抜くことで有名です。またプレーリーハタネズミも一夫一妻制を守り抜くため、研究されています。

貞節のシンボルと言われるハクトウワシ。猛禽類は一夫一婦主義が一般的であると言われます。

ペンギンも一夫一婦というイメージが強いのですが、実はDNAの調査で浮気をすることが判明しました。

まとめ

愛し合うことは、子孫を残すために最適なパートナーと本能的に惹かれあうことではなく、恋愛=性的欲求でもありません。

とはむしろ、その対象を大切に思う気持ちなのです。本能とは切り離された感情

基本的には、人は先ず自分を愛するのです。自分を大切に思うから、自分の欲求を満たそうとします。しかし、ほかに大切なものができると、その人や生命、時に物であっても、愛を感じ、自分と同じように大切にしようとするのです。

愛と言う言葉で、ひとくくりにできない様々な感情がありますが、愛の中でもキリスト教のアガペー(神が人間に無償の愛を感じていること、その愛に何の見返りももとめていないこと、そして普遍であるという概念)のような愛情を感じることができる対象の代表が子供なのかもしれません。

ただ、アガペーのように本当に愛するもの(大切だと感じるもの)に出会った時の人間の脳の中は、ドーパミンをはじめ、様々な行動的なホルモンが大量に分泌され、ハイ状態になります。その中毒性コカインによるハイ状態を上回ることすらあるという研究結果もあります。

行動意欲がとても高い状態にあるゆえに、愛するものとより強く頻繁にセックスをして強いコミュニケーションを持っていたい!と言う感情が芽生えているのです。その対象が、必ず人間の異性であるというものではなく同性であることも自然なことであり、人間では無い物である場合もあるのです。